2014.07.02

第201回 (B) ブラジルの英雄とサッカー日本代表について 【ケース・スタディー】

コンサルティング事業本部 コンサルティングサービス1部 マネージャー 中尾 誠

6月14日に、サッカー・ワールドカップ(W杯)ブラジル大会が開幕しました。
初戦ブラジルの勝利に、緑と黄色を基調とした色鮮やかな国旗を笑顔で振りながら喜ぶブラジル人の姿に、優勝すると必ず母国ブラジルの国旗を持ってウイニングランをしていたアイルトン・セナの姿を思い出しました。

セナがF1の舞台で活躍したのは、84年~94年です。ブラジルは、80年代から90年代前半にかけて、ハイパーインフレが恒常化し、経済低迷に苦しんだ時期であり、なお、サッカーにおいても70年のメキシコ大会を最後にワールドカップ優勝から遠ざかる低迷期にあり、国家として厳しい状況に置かれていた時期でした。そんな中で、セナの活躍はブラジル人に喜びや自信を与えました。20年前のワールドカップアメリカ大会で、4度目の世界一に輝いたブラジル代表の選手が掲げた横断幕には、「セナと一緒に加速した」と記されていたそうです。ブラジルの国民的英雄だったアイルトン・セナの没後20年となる今年、母国開催となるブラジル代表の活躍も気になりますが、セナと一緒に加速していたのは、ブラジル代表の選手たちだけでしょうか。

87年、F1のテレビ放送が開始され、日本GPが復活。セナの全盛期を迎える88年~89年、ホンダのエンジンでF1を戦う姿をみて、テレビ越しに、また鈴鹿で感動した日本人はどれだけいたでしょうか。日本人にとっても、セナは、F1の舞台での活躍を通して日本の技術で世界と渡り合えること、「ものづくり」を実証してくれた世界に挑戦するためにかけがえのないパートナーであり、英雄だったと思います。

さて、セナがF1の舞台で活躍していた頃のような、何かを加速させてくれるような活躍をサッカー日本代表メンバーは実現できたでしょうか。そのためには、サッカー日本代表メンバーにおいても、セナのように誰も真似ができない個の強さをもった選手の出現と、その個人を最大限生かせる技術・戦術を持ったチームの形成、この2つのことが同時に必要になると思います。

とても難しいことですが、20年前まではW杯にも出場が叶わず、サッカーの世界で日本人が世界の一流チームと戦っていることは想像出来ませんでしたが、将来W杯で日本代表チームが優勝カップを手に入れる日が訪れる事を願っています。

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