2015.03.11

第219回 「天龍チョップ」引退の報に思うこと 【ディーバ哲学】

コンサルティング事業本部 コンサルティングサービス1部 シニアマネージャー 吉橋 誠司

「天龍源一郎選手が年内に引退することを発表しました。」と聞いて通じる方は、どのくらいいらっしゃるでしょうか。
私と同世代のアラフィフの皆様の中には、1980年代のテレビ中継で天龍選手の試合を応援された方が多いのではないでしょうか。最近は試合だけでなく、打撃と酒やけですっかりつぶれてしまった声で競馬番組の実況中継にチャレンジするなど、バラエティ番組への出演などでも度々お見かけしますので、若い方もご存知かもしれません。

天龍選手は、プロレスラーです。
相撲力士として前頭筆頭まで務めた後、1976年にプロレスラーに転向、故ジャイアント馬場氏率いる全日本プロレスに入団以来、65歳になる現在まで約40年もの間、プロレスラーとして第一線で活躍し続け、「ジャイアント馬場、アントニオ猪木両巨頭からピンフォールを奪った唯一の日本人選手」など、数々の名勝負や逸話を残し、“生ける伝説”とも呼ばれています。多くの団体を渡り歩き、怪我もし、またプロレス業界の低迷期も経験して苦労も多かったと思いますが、このたびの引退発表では、やりきった晴々とした挨拶をされていました。「腹一杯の楽しいプロレス人生だった」という引退の弁は天龍選手らしく、心に残りました。

プロレスと聞いて、色々と憶測される方も多いかと思います。確かに当らずとも遠からず、スポーツというよりも(どちらかと言えば)エンターテイメントではありますが、それだけに観客を納得させるだけの技量が不可欠であり、身体一つ、命がけの仕事でもあります。
その様な環境の中、天龍選手は妥協のないファイトスタイルでファンを唸らせる名勝負を数多く生み出す一方で、様々な新しいことにチャレンジし、また格闘家にありがちな殺伐としたきついイメージとは異なるコミカルな言動が人間としての魅力を醸して、ファンの心をつかんで離しませんでした。関取時代も合わせると50年もの間、現役を続けるには並々ならぬ苦労があったろうと想像しますが、それを感じさせない懐深さもあります。プロレス界でも稀有の存在でした。
そんな天龍選手のプロレス人生には、まさにプロフェッショナリズムを感じます。単にプロレスがうまい、強い、“スペシャリスト”にとどまらず、決して安くはないチケット代を払って観戦に来てくれるファン・顧客と向き合い、その求める最高のサービスを提供し、満足を与える“プロフェッショナル”です。

分野は違えどもサービス業においてその心は変わりません。
私も、常にお客様と向き合いその求められるサービスを提供したいと努力しておりますが、未だ道半ば、天龍選手引退の弁を聞き、改めて頑張らなければと思い直しました。
天龍選手の様に、最後に「やり切った」と言える様、努めますので今後ともご指導の程宜しくお願い申し上げます。

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