2009.01.20

第66回 秩序ある混沌

公認会計士 岩佐 泰次

お正月休みのテレビ番組で築地市場の特集が組まれていて、その中で外国人観光客がインタビューで築地市場の様子を「秩序ある混沌」と表現していました。これを聞き、いろいろ感じる部分もあり、今回はそのあたりについて書いてみたいと思います。

強く感じた点は、「秩序ある混沌」とは市場の本質ではないか、という点です。「秩序ある混沌」という言葉は、個々の雑多な要素(混沌)が有機的な(秩序ある)結びつきの結果として望ましい結果を得ている様を連想させ、そのあたりの連想が市場の本質ではないか、という感覚をもたらします。私も何度か築地市場に行ったことはありますが、本当に混沌としていて、ルールを分かっていない素人の私がうろうろしていると荷車にぶつかりかけたり危険を感じるぐらい混沌としています。悪くいうとかなり雑然としています。ただ、そこにいる市場関係者(プレーヤー)は市場のルールの中で自らの役割を果たすことで、あれだけの大量のものを早朝のほんの数時間で、関係者の利害を調整した上で次の流通段階へ流していくわけで、まるで「神の見えざる手」がそこに働いているようにさえ感じました。

他に市場の本質と感じる点としては、市場の役割の1つである価格決定プロセス、つまり「モノ」と「価格」との一致の状況が極めて分かりやすく、適切だということです。築地市場では目の前のマグロの価値を仲卸という立場の人が目利きして価値を評価し、その日の需給を加味してマグロ1本ごとの価格を決定していきます。つまり「モノ」と「価格」との一致を仲卸(市場)が担保しているのです。この仕組みが成り立つ前提は、仲卸の目利きする力があること、実際のマグロが目の前にあること、の2つだと思います。仲卸に目利きする力がなかったり、力があってもマグロを見もせず値決めをするような仕組みでは、いずれ「モノ」と「価格」は乖離し、市場は特定の利害関係者にとってのみ都合の良い方向でバブル化していずれは崩壊していくというプロセスをたどるのだと思います。おそらく築地市場には証券市場に見られるような急激なバブルは少ないのではと思います。

さらに市場の本質と感じる点として、市場参加者が備えている属性です。築地市場で働いている人の映像やコメントを見聞きしていると、自分さえよければいいとか今さえよければいいとかと考えているわけではなく、築地市場全体や次世代のことも意識して働いているように思いました。そういった「秩序」があるからこそ個別最適が全体最適につながるという経済学でいう「神の見えざる手」が真の意味で機能しているのではないかと感じました。

築地市場、それを表現した「秩序ある混沌」という言葉に、市場の本質を見た気がします。

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