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2017年09月06日

株式会社ディーバ

第285回 博多山笠とクラウド

CPM事業部 開発統括部 技術運用開発室 マネージャー 石井 雅人

宋から帰国して博多に承天寺を開山した聖一国師が、施餓鬼棚に乗って祈祷水(甘露水)をまき疫病を退散させたのが山笠祭りの起源とされています。仁治二年(1241年)のことです。私の博多の実家が山笠祭りの発祥地である承天寺の隣にあるため、見物するだけでも間近に伝わる熱気で興奮しますが、「勢い水」を掛けてびしょ濡れになるまで夢中で祭りを盛り立てました。


( 実家前にて恵比寿流れの舁き山に「勢い水」を掛けるところを撮影 )

未明のうちに櫛田神社に入った舁き山笠が次々と博多の街に怒涛のごとく駆け出してゆきます。博多を7つの地区に分けた「流れ」毎に舁き山を出します。実家は東流に属しているので、7番目に出走する舁き山を一段と応援しました。東流は5キロの道のりを29分17秒で走り好タイムでしたが、惜しくも千代流に僅差の2位でした。

博多の7つの流れの由来は豊臣秀吉による博多の復興「太閤町割り」に遡ります。鎌倉から室町の戦国時代には、博多の町は大陸貿易の基地として栄えていたのが、かえって戦国大名や豪族の争奪の場となってしまい、結局、焼け野が原に・・・。これを秀吉が復興させました。

もともと山笠祭りは、高さ15メートル前後のものをゆっくりと舁く祭りでしたが、平和になった江戸時代に変化が起きました。「追い山」が誕生したのです。発端は、恵比須流の竪町に嫁いだ土居流の花嫁が正月に里帰りしたところに、土居町の若者が花婿に桶をかぶせた余興が、竪町の若者の怒りを買い一触即発のいざこざに。恨みを残した恵比須流は夏の山笠祭りの時に、昼飯中の土居流をいきなり追い越そうと走り出したそうです。慌てて土居流も抜かれまいと走ったことが現在まで続く流れで競う「追い山」に発展しました。高さ15メートルで2トンを超える山笠を引いて競争したとは想像もつきません。


西日本新聞社サイトより(http://www.nishinippon.co.jp/hakata/yamakasa/2008/archive/)

ところが明治に文明開化の時代になると、古い封建制を打破する意図から、明治政府は山笠を突然禁止してしまいました。地元の反対で存続したものの、明治31年には福岡県知事が自ら山笠行事を中止しました。山笠で電線を切断する事故が相次いだことが理由でした。そこで、知恵を絞り、従来の山笠は飾っておくだけの「飾り山」とし、電線を切らずに走り抜ける山笠を新たに3メートル程の「舁き山」にわけました。この「追い山」の進化で、祭りは絶えず、生き延びたのです。

21世紀になり、クラウドのテクノロジーが企業のビジネスを大きく変えています。ディーバでは既にクラウドを活用したビジネスを展開していますが、設立から20年が経ち、連結会計システムのパッケージソフトを開発・導入するだけではなく、企業活動を計測し、企業パフォーマンスを最大化するためのCPMパッケージソフトをもっとクラウドを活用したデリバリーモデルで提供するように用意しています。私はCPM事業部に属していますが、グローバルにスピーディーにビジネス展開できる新たなクラウド活用により、進化した動の山笠である「舁き山」の様に走り抜ける製品サービス提供を始めようとしています。

ディーバのDNAは経営の中心にある会計のプロとして、またITのプロとして、お客様の役に立つための努力を惜しまないことだと思います。クラウドにより一層の大衆化が進み、ディーバを選択いただくお客様がグローバルに広がってゆくと見ています。お客様による企業パフォーマンスの向上への業務取り組みへ、そのご期待に応えて行くように、祭りの熱気のような情熱を込めて、時代に応じた製品を提供し続けて参ります。