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2018年02月21日

株式会社ディーバ

第297回 家計簿を全自動化して見えた、データとシステムに支配される世界

カスタマーエンゲージメント本部 カスタマーコネクション部
アカウントサポート 第2グループ長 大久保 一樹

「マネーフォワード」という家計簿アプリをご存知でしょうか。クラウド型の家計簿アプリで、各種銀行口座の残高、入出金情報は勿論のこと、証券口座と銘柄毎の評価損益、クレジットカードの利用履歴、ポイント残高、さらには住宅ローン残高と、ありとあらゆる情報を連携することで、家計簿を自動化できるアプリです。

私はこれまでにいくつかの「家計簿アプリ」を試してきましたが、恥ずかしながら、あまり継続して利用することができませんでした。

なぜかと思い返してみると、使い始める時は、大抵やる気に満ち溢れていますので、まず「家族用のお金と自分のお金をわけて管理したい。特別な出費は別で予算をたてたい。自分用のオリジナル費目を使って管理したい。」など複雑ですが、理想的で完璧な家計簿の要件を考えます。

そして次に、その複雑な要件になるべく合致するアプリを探して、各種設定をして利用を開始するのですが、結局レシートのスキャンであっても手作業が面倒であり、さらに、ちょっとサボると家計簿アプリと、財布と銀行口座の残高の整合性がとれなくなり、大量の使途不明金が出て、データ自体が使い物にならなくなるというオチでした。

 

家計簿が続いた理由は自動化

では、なぜマネーフォワードは使い続けているのか。その理由は、圧倒的な自動化による利便性があり、さらに自分の生活様式を変えることにしたからです。

マネーフォワードでは、入出金など、お金の動きが全て、一度自動記帳されます。例えば初期設定では、銀行から預金を引き出して、財布に入れた時点で「現金5万円」の支出が、家計簿には自動で計上されます。

ここから生じる問題は、「現金」という仮想の口座をアプリ上に作り、そこに振替を実施することで解決できるのですが、それを知らず、さらに当時、基本的に現金で生活していた私は、この仕様を乱暴で使えないと考えていました。

しかし、しばらく経ってから、クレジットカードの利用履歴を連携しはじめたところ、この自動記帳の真価が分かりました。光熱費、ネットショッピング、スーパーなどでクレジットカードを利用すると、その内容毎に自動で支出の費目を設定し、家計簿が作成されデータ化されるのです。

それから私は、現金を利用することを極力避けて、少額の決裁でもクレジットカード、または電子マネーを利用する生活をはじめました。そうすることで何もせずとも、おおよそ適切な家計簿が作成されるようになりました。

全て電子明細から連携するため、手入力作業がなくなり、家計簿アプリにありがちな不整合は発生しません。現金を利用する機会は減りましたが、各資産、負債の残高及び日次の推移が全て把握できるため、使い過ぎを防げるだけでなく、年間を通した収支と資産の増減を可視化することができました。

(ここで、「…というわけで、皆様もパッケージソフトウェアに業務を合わせませんか。」という話がよくありますが、今回は違います。)

 

データとシステムに支配される未来?の世界

マネーフォワードは、面倒くさがりな私にとって圧倒的な利便性があったのですが、その利便性と引き換えに、システムのデータ化の為に自分のこだわり(現金主義、費目の管理方法)を捨て、自分の生活をシステムに合わせています。それは、データやシステムが、人間の行動を支配しているとも考えられないでしょうか。

またアプリの利用者のデータは、個人情報を暗号化された上で、クラウドを通して蓄積され、ビッグデータとしてサービスの改良、開発に使われることが利用規約にも明記されていますので、マネーフォワード社からすると、私は利用者でありながら、サービスやアプリケーション開発の為の「データ収集用のロボット」であると言えるかもしれません。

昨今、話題のRPA(Robotic Process Automation)による会計業務の自動化も、人にとらわれずに会計業務という観点で考えてみると、RPAが“人間の仕事を肩代わりしている”というより、人間は“RPAの設定・監視員、補助役として、RPAを含む会計業務システムの為に働いている”のかもしれません。

「人間がシステムを使っているのか。システムが人間を使っているのか。」

「人間がデータを分析しているのか。データに人間が分析されているのか。」

SFのような話ですが、全てがシステム化され、さらにシステム間が連携し、データが蓄積されていく世界において、遠い未来の笑い話ではないと考えています。

「自分がDivaSystemを使っているのか。DivaSystemに自分が使われているのか。」

たまには、そんなことを考えてみても良いのではないでしょうか。